片方だけの靴下

今日窓口で切符を発売していると、レンタカー屋のおじさんが、窓口に近寄ってきて、自分の足元を指差した。


何があるのだろうと見てみると、靴下が片方落ちていた。


一応落とし物としてこちらで預かることになったのだが、何故靴下を片方だけ落としていったのだろう?


鞄や財布ならまだ分かるが、靴下である。

靴下の上には必ず靴かスリッパを履いている筈なのである。

様々な考察がなされたが、核心に迫るものは無い。


その時、僕に電流が走った。

現実的な可能性を含んだ答えを考えるのはナンセンスだと。

これは人知を超えた事件だと思った。

この靴下の持ち主は、何者かの手によって靴下以外を消し去られてしまったのだ。

そうに違いない。


しかし、僕はこの考えを胸にしまっておくことにした。

もしも僕の考えが核心に少しでも触れ、その何者かに察知された場合、その靴下の持ち主の様に消されてしまうのではないかという危機感と、

そんな戯言を発言した後の職場の空気を考えると、二重の意味で危ないと思ったからだ。


ウォーキングデッドモスキート

夕暮れ時、太陽が傾いて涼しくなる頃に、僕は散歩しに外に出る。
昼間熱せられた世界が徐々に冷えていく中を歩くのが好きだ。
ある一点を除いて。

ぷーん

頭の後ろで、甲高い羽音が聞こえた。
来た。蚊だ。
後ろ手に払うと、その音は遠くに消えた。
しかし、いっときするとまた飛んでくる。
手で払えば食われることは滅多に無いのだが、定期的に飛んでくる蚊は鬱陶しいことこの上ない。

ぷーん

また来た。
手で払う。

「いてっ」

妙にしっかりとした手応えの後に聞こえた、男の野太い声。

え?

振り向いたが、誰もいない。
何か冷たいものが、僕の背中を伝った。
自分の体が、世界が冷却される速度を優に追い越して、冷えていくのを感じた。

しばらくその場から動けなかった。

首筋がかゆい。

どうやら、蚊に食われた様だ。


話しかけないでくださいステッカー

あらゆる店に、話しかけないで下さいステッカーを置いて欲しい。

それか、一人にして下さいステッカー。

それを肩や鞄にぺたりと貼る。

おでこでも良い。

それを貼ったお客には、店員は話しかけてはならない。

そんな物が開発されないだろうか?

自作したステッカーを貼って入店したら、どんな反応をされるだろうか?

通報されるだろうか?


あ、ちょっと話しかけて欲しいな〜って思った時は、店員の目を見つめながらそのステッカーをばりっと剥げば良いのだ。

コーヒーの中の混沌

お腹が空いたので、自動販売機でカロリーメイトのチョコ味と、健康ミネラル麦茶を買った。

僕はこのお茶を鶴瓶茶と呼んでいる。

単純に鶴瓶さんがCMに出演しているからと、ただそれだけの理由だ。


究極に、誰にも会いたくない日がある。

そんな日に限って、買い物、支払い。

外に出なければならない理由が僕を外に引っ張り出そうとする。

その誘いを断り続ければ、電気が止まる。

ガスが止まる。

それでは生活が出来なくなる。

好きなゲームが出来なくなる。

パソコンで、水曜どうでしょうが見れなくなる。

それは困る。


コンビニのレジで尋ねられる

「温めますか?」

「お願いします」

たまに「いいえ」

これだけのやり取りでも疲弊してしまう。

自然と、そんなやり取りをしないで済むような物ばかりを選ぶようになり、自分が本当に欲しい物を買えない事が多々ある。


よく行く食堂で、食後に頼んでいないアイスコーヒーが運ばれて来た。


「サービスです」


ありがとうございます。と言いつつも、僕は困惑した。

これは、今日だけのサービスなのだろうか?

それとも、これからは毎回食後にコーヒーを出して頂けるのだろうか?


そうすると、普段の様に食べ終えた後直ぐ立ち上がって支払いに行ってしまうと、もしコーヒーの準備をしてくれていた場合、その好意を無下にしてしまう事になる。


反対に、それを毎回出してくれるものと考え、食後テーブルでずっと待っていると、店側が前回限りのサービスという考えだった場合、僕はがめつい人間に思われてしまうかもしれない。


僕の脳内は、そんな考えが交錯していた。

店員に聞けばよいのだが、僕にそんな気力は無い。

目の前のグラスに、シロップとミルクを注ぐ。

コーヒーの黒とミルクの白が入り混じって、ウルトラQのオープニングの様な、混沌とした模様になった。

僕の脳内が、具現化した様に見えた。

僕は急いでそのコーヒーを飲み干した。

店から出た僕の脳内は、未だ混沌。

胃袋の中も、混沌。


その日以来、僕はそのお店に行っていない。


僕は何故こうなんだろう?

親しくされると、途端にその場に居づらくなってしまう事がある(特に飲食店)


自動販売機は何も言わないし、気も使ってくれない。

120円入れれば、120円のジュースしか吐き出してくれない。

今日はそれが心地良い日です。















泊まりの部屋で。

月に四回程、職場に泊まらなければならない日がある。
私はそれが憂鬱でしょうがない。
なぜかと言うと、
夢を見るのです。決まって同じ夢を。
夢の内容はこう。
真っ暗な宿直部屋で目を覚ます。
トイレに行こうと体を起こし、入口のドアを開け廊下へ。
どんっ。
ドアを開けてすぐの所に人が立っていて、私はその人に思い切り肩をぶつけてしまう、
「すいません」
と謝りつつも足早にトイレへ、
用を足していると、今自分が職場に泊まっていて、入口は全て施錠しているので、自分以外の人間は施設の中には存在しないということを思い出す。
じゃあ今ぶつかったのは?
と思った所で、トイレの個室の入口のドアの下、僅かな隙間が空いているのですが、そこから青白い手が差し込まれて、それが見つめている私に向かって「かっ!」と指を指す。
そこでいつも目が覚めるのです。
はあ、明日は泊まり番です。