夏が来る、それなのに、僕の血は薄い。
先々月の頭から、運動後に酷い息切れと耳鳴りがする様になった。
特に耳鳴りが辛い。
心臓の音が頭の中に大音量で響くのである。
どくんどくん、なんて生易しいものでは無く、ドン!ドン!ドン!と、さながら和太鼓の様な振動が、僕の鼓膜を叩くのである。
体の中で祭りが行われている気分だった。
だんだんと症状は悪化し 、終いには階段を少し登るだけで、耳鳴りの後、頭の中がジーンと痺れる様な感覚と共に、意識が遠のいていく。
「やっとっせー!やっとっせ!」
地元の盆踊りで発する合いの手が、僕の頭の中にこだまする。
そんなお祭り状態で迎えた毎年恒例の健康診断、案の定引っかかった。
診断結果は「貧血」要精密検査。
ヘモグロビンの数が、平均の三分の一にまで減少しているのだそうだ。
健康な人の体内には、パチンコ玉一個分の鉄分が貯蔵されているらしい。
ということは、パチンコ玉の三分の一の鉄分しか無いという事なのだろうか?
「もう人の血吸うしかないな」
そんな風に会社でいじられる様になった。
「○○さんの血、吸わせてもらいなよ」
僕と同い年の女性社員に話題が飛び火。
これはセクハラじゃないか?
「少しなら良いですよ。高いですけど」
ノッてきてくれた。なんと寛大な女の子だろう。
「でも、処女の血じゃないとダメですよ!」
そんな超ド級の爆弾を口からこぼしかけて、すんでのところで飲み込んだ。
窓から差し込む日が鋭い。
まるで牙の様だ。
ああ、夏が来る、それなのに、僕の血は薄い。