蜘蛛の糸

今朝は珍しく目覚めが良かった。
滅多に開けることの無いカーテンを開けると、優しい朝日が僕を包んだ。
いつもの、僕を貫通して起きろ!と怒鳴る様な朝日ではなく、
おはよう、と肩にそっと手を置かれるような、そんな朝日だった。
嫌な予感がする。
さわやかで心地の良い朝は、僕は苦手だ。
何かこれから良くないことがあるのではないかと、そういう朝ほど思ってしまう。

玄関のドアを開けて外に出る。
顔に何かが張り付いた。
蜘蛛の糸である。
今月に入って、蜘蛛の糸に引っかかるのは8回目である。
虫に生まれなくて良かったと思うし、
来世は虫でない事を切に願う。

蜘蛛の糸は、鋼鉄の4倍の強度があるらしい。

張り付いた糸を指で摘み、引っこ抜く様にして手を伸ばす。
これが蜘蛛の糸を取り払うのに適した動きである。
社宅の駐車場でそんな動作を繰り返す男は不気味極まりないだろうが、そうも言ってられない。
視線を感じた。見ると、隣の部屋の先輩が、僕を冷たい目で見つめていた。
「何してんの?」
いつもの4倍冷たい視線と声音だった。
蜘蛛の糸にひっかかっちゃって」
いつもの4倍の愛想笑い。それで何とか中和出来たと思い込んだ。

ああ、僕はやはり爽やかな朝は苦手だ。